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死んだオヤジをキッカケに、好きなクルマやバイクについての駄文を連ねる様になった男のくだらないblogです。

『頭文字D』連載終了…ついでに“オレのハチロク”

頭文字D(イニシャル・ディー)』…漫画家 しげの秀一先生の代表作の一つで公道、それも峠道(ワインディングロード)でドライビングテクニックを競い合う若者達を描いた作品。
来週7月29日(月)発売予定の「週刊ヤングマガジン」第35号にて18年に及ぶ連載を完結する…と、先日発表されてネット上を(少し)騒がせた。
 
しげの先生とつい対比して浮かんでしまうのが楠みちはる先生。
80年代のバイクブームの頃なら「週刊少年マガジン」の『バリバリ伝説』 vs 『あいつとララバイ』
90年代なら「週刊ヤングマガジン」の『頭文字D』 vs 『湾岸ミッドナイト』みたいな。
…オレはもちろん“バリ伝派”であり“イニD派”でもある。
だが、しげの作品の悪い点は、連載末期のストーリー展開がマンネリ化して飽きてくる…というところ。
(なので単行本は“バリ伝”は一応全巻、“イニD”は途中まで買っていたが、どちらも手放してしまった。)
 
まずは「長期連載、お疲れ様でした」と言いたい。
 
さて『頭文字D』といえば“ハチロク”…1983年5月~1987年5月にかけて発売された「トヨタ AE86カローラ・レビン/スプリンター・トレノ」、それも新車で発売当時、最も不人気だったという「スプリンター・トレノ 3ドア GT-APEX」を一躍大人気車に担ぎ上げたという印象が(オレの中では)強い。
#よくよく考えると“最上級グレードなんですよね。
  しげの先生が『バリバリ伝説』の印税で初めて買ったクルマがコレだった…ってのが『頭文字D』で使われる
  キッカケになったのはしげの作品読者なら誰もが知ってる有名な話ですけど。
 
頭文字D』では都合、3種類の“ハチロク”が登場した。
 
 1.藤原 拓海 が駆る「スプリンター・トレノ 3ドア GT-APEX(前期型)」
 2.秋山   渉 が駆る「カローラ・レビン 3ドア GT-APEX(前期型)」
 3.乾   信司 が駆る「スプリンター・トレノ 2ドア GT-APEX(後期型)」
 
…そう、一番売れたはずの「カローラ・レビン 2ドア」が出てこなかったのである(期待こそしていなかったが)。
それこそ“昭和61年式のカローラ・レビン 2ドア GT-APEXのMT車(車両形式:E-AE86-ESMVF)”なんて言ったら、いま「“ハチロク”探してます」といえば1台や2台、アッサリ見つかりそうなタマなのだが。
 
…前フリが長くなったが、オレが昔乗っていた“ハチロク”がコレである。
 
イメージ 1
 
オレのはレビン2ドアのMT車でも「GT(車両形式:E-AE86-ESMQF)」がベース。
グリルやクリアランスランプの“まゆ毛”を見てもらう通り『後期型(それも車検証上は“昭和62年式”)』なんだが、バンパーは前後とも前期型(全長が20mm短くなる)、バックミラーは1型ミラー(バネが入っていて倒れても元に戻る)に、ホーシングも前期型のディスク用に交換している(なのでサイドブレーキを引いてもあまり効かない)。
ボディは板金と同時にオールペンしたダッヂ・バイパーの赤。
エンジン周りは結局ノーマルで、マフラーをFUJITSUBOレガリス(シングル出し60φ)⇒ガレージ・シャップルオリジナルデフ下マフラーにした位。
足はこの時は(当たり前だが)“冬足”で前がノーマル形状のkg/mm 4.4kにカヤバのクライムギア+調整式ピロアッパー、後もkg/mmの3.2k(1巻きカット)にAE831ガス8段…だったかな?
“夏足”は直巻ID60?の7kにTRD製TE27ラリー用ショックを入れた車高調(シェルケースカット無し)に30mmのロールセンターアダプター(オフセット無し)を最末期は使っていたけど、そのころにはパワステ切って“GTVナックル仕様”になってたから、峠じゃハネてキツかったな…6kを試してみたかったのを今でも後悔している。
チラリと見えるBRIDEのブリックスのホールド感はサイコーで、4点式シートベルトを締めたらフルバケと遜色ない位だった。
ボディもサイドシルに出始めの頃の「ベルコの発泡ウレタン」入れて、スタビ以外のブッシュはTRD製に打ち変えて、リボルバー?の調整式ラテラルロッド入れてナギサオート?のガッチリサポート?(ドアヒンジとストラットタワーの頂点を結ぶ補強パーツ)入れて…とまぁクルマのコトを『勉強』させてもらった1台。
 
写真の時は3連休か何かの中日で、夜な夜な件のホームコースに“フルピンを履いて”行き、全開で『雪ドリ』して帰ってきて寝て、今夜も行くかぁ…とばかりにメンテナンスを終えた頃に撮った一枚のはず。
確かDUNLOP SP51Rの165/80-13…上りの左高速コーナー、3速踏みっぱで雪壁照らしながら斜めにGがかかってるのが“オ○ニー教えたサル”みたいに面白くって。
(そりゃぁ雪上で尋常じゃないスピードが出ているクルマをコントロールしているんだから、面白くない訳が無いわな…。)
 
普段見かけないクルマがP帯に入ってくると、ソイツが飛び出したら追いかけて、上りの右タイトコーナーでライン見抜けないで苦しみながらカウンター当てて立ち上がろうとしているところへ、運転席めがけてハイビームで“スポットライト”を浴びせながら同じようにつかず離れずの車間と角度で流してさしあげる…と、戦意喪失したのか次の左タイト立ち上がったところで左に寄られてハザード炊かれて…“つまんね~の”と粗相の無い様にコーナー2個で見えなくなってあげてました(照)。
 
この後、訳あって峠に通うのをやめて“ハチロク”も友達に譲っちゃったんだけど…いまでも手元に「MOMO PROTOTYPE(350φ)」だけは残している、ドラテク磨いてる時にずっと握ってたステアリングだから。
“乗ってみたいなぁ…”とはたまに思うけど、そのためには「戸籍に“バツ”をつけて下さい!」とカミさんに約束させられてるから、多分その日は(カミさんが生きている限りは)来ないと思う。
 
…ま、オヤジはおふくろと結婚する時に「ホンダS600」とおふくろを天秤にかけておふくろを取ったそうだから、オヤジよりは遙かに幸せな人生を送っているんだろうなぁ。
#子供3人に手がかからなくなってから、しっかり「ホンダBEAT」に乗っていましたけどね…。